桜の散る四月の午後に死んだ図書館司書・佐藤恵子は、目覚めると言葉を失った村に立っていた。村人たちは音を使ったコミュニケーションを忘れ、心の中の思いを表現できずにいた。 恵子は前世での知識と、言葉への深い愛を頼りに、子どもたちに言葉を教え始める。やがて村は再び言葉を取り戻し、愛や希望、友情の光に包まれる。しかし、言葉の力は善だけでなく悪も宿す。恵子は人々にその力の正しい使い方を示し、言葉の本当の美しさを伝える。 使命を果たした恵子は光となって消えるが、村には笑い声や歌声、愛の言葉が永遠に残る。言葉を愛した彼女の魂は、今も人々の心に小さな光を灯し続けている。

転落の先にあったのは、檻ではなく「哲学」だった。 　人生は、思いもよらぬ方向に転がる。 　名門の御曹司として生まれ、莫大な資産と期待を背負った主人公。三代目として巨大企業のトップに立ち、誰もが羨む「成功者」と呼ばれた。しかし、その栄光は、孤独と重圧という見えない檻に変わっていく。やりたくない仕事を続け、数字に追われ、心を失いかけた彼が選んだのは、ほんの一歩の愚かな選択だった。 　やがて逮捕、法廷、鉄格子の内側。転落と呼ばれるその瞬間、彼は不思議な安堵を覚える。檻の中で与えられたのは、分類制度に縛られた日常、わずかな労働賃金、五百円のおやつ。それは外の世界で得たどんな栄光よりも「人間らしさ」に満ちていた。 　「人生は運だ。努力は条件にすぎない」 　祖父が語った「塞翁が馬」の寓話が、今ようやく意味を持ち始める。不幸は幸福の種であり、幸福は不幸の芽を宿す。転落の底で彼が掴んだのは、努力と運の均衡、そして不幸をも笑い飛ばす哲学だった。 　出所後、彼は自らの経験を語り始める。本や映像を通じて、多くの人々にメッセージを届けるようになる。数字や肩書きに縛られない新しい幸せ――「自分の物語を自分の声で語ること」。 　努力は条件、運が結果――不幸を笑い飛ばす男の哲学。 　「世の中そんなもんじゃん」――転落から生まれた一言が、あなたを救うかもしれない。 　これは、御曹司が檻の中で見つけた哲学の記録であり、現代を生きる私たちへの寓話である。

1995年1月17日、未明の神戸を襲った阪神淡路大震災。造船会社に勤める若き技術者・三浦久浩は、独身寮で地震に遭遇する。混乱の中で出会った同期・天野、そして再建に携わる日々。傷ついた街と人々が、少しずつ「生き直していく」軌跡を、静かな筆致で綴る感動の短編。 ラジオから流れた、あの日のメッセージ――「神戸で生きていきます」。 それは、心の奥にずっと残る「希望のFM放送」だった。 （エブリスタ、同時掲載）