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作者:智有 英土/作品情報/Nコード:N8104KX
短編 |
昭和十六年、開戦前夜の日本。
各省庁や一流企業から若きエリートたちが集められ、極秘の研究機関「総力戦研究所」が設立された。彼らに課せられた使命は、もしアメリカと全面戦争になった場合、帝国はいかなる未来を迎えるのかを冷徹にシミュレーションすることだった。
研究員たちは経済力、工業力、資源の動員可能量を徹底的に調べ上げた。英国ロイズ保険の統計に基づき、海上輸送の撃沈率を計算すると、石油を確保するためにインドネシアを占領したとしても、二年以内に輸送船団は壊滅し、帝国は石油を失う――という厳しい結論に至った。数字は「敗北必至」を告げていたのである。
しかし、その報告が東条英機ら政府・軍の中枢に届いても、真剣に受け止められることはなかった。陸軍・海軍が独自に行った試算は、客観的根拠を欠きながらも「なんとなく勝てる」という楽観に満ちたものであり、国の意思決定はその歪んだ指針によって導かれてしまう。
研究員たちは沈黙を余儀なくされた。彼らは「未来を描いた設計図」を手にしながらも、誰にも信じてもらえず、傍流へと追いやられていく。その間にも御前会議は開かれ、ついに「対米英開戦」が正式に決定された。
やがて迎える十二月八日。国民はラジオの宣戦布告を熱狂の声で迎え、街は祝祭のような空気に包まれた。しかし研究員たちにとって、その響きは勝利の鐘ではなく、不可避の敗北へ向かう鐘の音にしか聞こえなかった。
「羅針盤なき航路」――本来なら正しい進路を示すはずだったシミュレーションの真実は葬られ、国家は指針を失ったまま、荒れ狂う太平洋へ漕ぎ出していったのである。
本作は、史実を参考にしつつ創作を交えた歴史フィクションである。
「なぜ戦争は避けられなかったのか」という問いに迫りながら、平和な市民社会と歪んだ意思決定の落差を描き出す。歴史の影に葬られた真実を、いまここに物語として蘇らせる。
ジャンル:歴史〔文芸〕キーワード: 123大賞6 昭和 史実 時代小説 太平洋戦争 歴史フィクション 戦争小説 シミュレーション 総力戦研究所 東条英機 開戦前夜 歴史改変ではない 数字が告げる敗北 歪んだ意思決定 国運を賭けた瞬間 最終更新日:2025/08/16 19:00 読了時間:約28分(13,718文字) 週別ユニークユーザ: 100未満 レビュー数: 0件 総合ポイント: 94 pt ブックマーク: 2件 評価人数: 10 人 評価ポイント: 90 pt |
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